
社会人になるまで、私は音楽に関係する仕事に就くものだと、根拠もなく信じていました。
実際、人生の中でほんの少しの間はそうした道を歩みましたが、今はただの音楽好きとして日々を過ごしています。
それでも振り返ってみると、その原点にはいつも父の存在がありました。
記憶に残らないほど幼い頃から、私は知らず知らずのうちに音楽に包まれて育っていたのだと思います。
小学校中学年の頃、父は夕方には帰ってこず、少し遅い時間に仕事から戻ってきました。
自動車整備士だった父は、油にまみれた作業着と手のまま帰宅し、まず身体を洗い流してから家族と食卓を囲みます。
食事が終わり、家の中が少し静かになると、父の大切な時間が始まります。
レコード盤に丁寧に静電気除去スプレーをかけ、クロスでほこりを拭き取り、そっと針を落とす。
その瞬間、部屋いっぱいに音楽が広がりました。
洋楽やクラシック、さまざまなジャンルの中でも、父が特に愛していたのはラテン音楽でした。
ペレス・プラードの軽快なリズムと華やかなトランペットが、家の中を明るく包み込んでいたのを覚えています。
眠たい時間になっても音楽は止まりません。
私は不思議と嫌ではなく、むしろその音に耳を澄ませていましたが、母と妹は「パパ、やめて!!!」と耳をふさいでいました。
コンポーネントステレオから響くラテンパーカッションの一音一音は鮮明で、そこに重なるトランペットの旋律は胸に響きます。
「ハッ!」「フッ!」という掛け声さえも、音楽の一部として心に刻まれていきました。
月に何度か、コーヒー好きの両親に連れられて訪れた喫茶店。
壁にはブラジルなどコーヒー産地の写真や地図が飾られ、そこでもラテン音楽が流れていました。
家でラテン音楽を聴くたびに、私はあの喫茶店の空間を思い出します。
コーヒーの香りと、遠い国の風景が頭の中に浮かび、幼いながらも心が温かくなる時間でした。
そんな記憶があるからこそ、私は自分の子どもの興味や、やりたいと思ったことには、できる限り寄り添い、経験させてあげたいと願っています。
そしてこれから出会う人たちにも、その人の「好き」や「夢」を大切にできる存在でありたいと思っています。
