
それは、ある静かな深夜に突然訪れました。
廊下から聞こえてくる慌ただしい物音に胸騒ぎを覚え、私は慌てて部屋を飛び出しました。
「どうしたの?」と声をかけると、父は不安そうにこう言いました。
「トイレに行こうと思ったら、片足がうまく動かないんだ。」
母は父を支えながら必死にトイレへ連れて行き、なんとか用を済ませて部屋へ戻りました。
その時は私も両親も、年齢による一時的な不調だろうと考え、「少し休めば治るはず」と自分たちに言い聞かせるように眠りにつきました。
しばらくして再び父がトイレへ向かおうとしましたが、足は回復していませんでした。
私は心配しながらも、「朝になって治っていなければ病院へ行こう」と判断してしまいました。
今思えば、その思い込みがどれほど危険だったか、胸が痛みます。
私は脳の病気といえば、言葉が出にくくなったり意識がもうろうとしたりするものだと思っていました。
まさか「足が動かない」という症状だけで、命に関わる病気が進行しているとは想像もしていなかったのです。
やがて同じ光景が再び廊下で繰り返されました。
父は穏やかな声で、「すまないね……どうしても足が動かないんだ」と言いながら片足をさすっていました。
その姿を見た瞬間、「もう待ってはいけない」と強く感じ、深夜でしたが救急車を呼びました。
病院での検査を終え、医師から告げられたのは「脳梗塞」という意外な診断でした。
一分一秒が大切な病気だったことを知り、もっと早く気づけなかった自分を責める気持ちでいっぱいになりました。
その後、父は数か月の入院とリハビリ生活を送りました。
思うように動かない体と向き合いながらも、少しずつ前へ進もうと努力する姿に、私たち家族は何度も勇気をもらいました。
退院後、家には介護ベッドが設置され、手すりやスロープが増え、父は杖と車いすでの生活を始めました。
確かに生活は大きく変わりましたが、その分、家族で支え合う時間も増えました。
父は今もこう言います。
「不自由はあるけど、生きて家に帰ってこられた。それだけで十分幸せだよ。」
その言葉を聞くたびに、私は気づかされます。
失ったものだけを見るのではなく、残された時間をどう大切に生きるかが何より大事なのだと。
この出来事は、私たち家族の人生を大きく変えました。
しかし同時に、命の尊さと、支え合うことの温かさを教えてくれた大切な経験でもあります。
これからも不安や困難はあるかもしれません。
それでも、今日を一緒に笑って過ごせることに感謝しながら、前を向いて歩いていきたいと思います。

