父は脳梗塞からのリハビリを経て、再び自宅での生活に戻ることができました。
とはいえ、介護ベッドから車いすへの移乗も、介助があってようやくという状態。それでも父は「家がいい」と言い続けました。

リハビリや母の負担軽減を考え、私はデイサービスの利用を何度も提案しました。しかし父の強い希望と、それを尊重したいという母の思いを前に、私は最終的に折れました。福祉の仕事に携わる身として、介護する側のケアがどれほど大切かを知りながら、「両親が望むなら」と現状を続けてしまったのです。

退院から一年ほど経ったある日、仕事中に母から電話が入りました。胸騒ぎを覚えながら出ると、震える声で「ごめん、た、す、け、て」と聞こえます。「どうしたの?!!」と尋ねると、「からだ、が、うご、かな、い」と途切れ途切れの返事。血の気が引きました。

職員に事情を伝え、急いで車を走らせました。焦る気持ちを抑えながら、「事故だけは起こせない」と自分に言い聞かせ、何とか家に辿り着きました。そこには、電話をつないだまま介護ベッドの下で動けなくなった母と、不安そうに見守る父の姿がありました。

診断は軽い脳梗塞。母は入院し、その後リハビリ専門病院へ転院。父も一時的に介護施設へお世話になることになりました。

突然、両親のいない家で過ごす日々。
こんなにも家は暗く、寒かったのか。
洗濯や食事の支度、何気ない家事の積み重ねが、どれほど大きな支えだったのか。私はようやく気づいたのです。

週末ごとに母の病院と父の施設を訪ね、互いの様子を伝える日々。離れていても、家族はつながっていると信じながら。

数カ月後、母は片麻痺を残しつつも日常生活に支障のない状態で退院しました。今はヘルパーさんの力も借りながら、新たな四人の生活が始まっています。

当たり前だと思っていた日常は、決して当たり前ではなかった。
支え合いながら生きることの意味を、私は両親からあらためて教えられています。

By Alex

楽しい時も辛い時も全て私の人生。

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