
両親が脳梗塞で救急隊の方々にお世話になったお話は、これまでにも触れてきましたが、実は私自身も、別の形で救急隊の方々に対して忘れられない出来事があります。
私が勤務している福祉施設でも、年に1、2回ほど救急車をお願いする場面があり、そのたびに感じるのは、救急隊員の方々の迅速で的確、そして何よりも献身的な対応です。
だからこそ、そのありがたさを誰よりも実感しているつもりでした。
そんな私が、あるとき「申し訳なさ」と「感謝」が入り混じる、忘れられない経験をすることになります。
それは、子どもがまだ小学校低学年だった頃のことです。
ある日、仕事中の私の携帯に、子どもに持たせていた「みまもりケータイ」から、何度も着信が入っていました。
この携帯は発信先が限られており、緊急連絡先として警察や消防そして私の携帯電話番号も登録されています。
ただ、その電話に出ても無音。
折り返しても、やはり何も聞こえない。
胸騒ぎを覚えた私は、仕事の合間を見て何度も折り返しの電話をかけてどうしても繋がらないので、やがて実家へ電話をかけました。
当時は、両親に子どもを見てもらっていたからです。
「特に何もないよ。孫はずっと前に帰ってきてるし、大丈夫だよ。」
その言葉にひとまず安堵し、その日は仕事を終えてから実家へ向かいました。
日中の事情を話すと、思いもよらない原因が判明します。
子どもがポケットにみまもりケータイを入れたまま洗濯に出し、それに気づかず両親が洗濯機を回してしまっていたのです。
「なるほど、それで無言の発信が何度も続いていたのか…」
そして夕食後の事です。
ふと外を見ると、家の前に救急車が静かに止まっているのが見えました。
サイレン音は無く赤いランプだけが回っています。
「ご近所さんの具合が悪くなったのかな?」
気になって見ていると、数名の救急隊員の方々が我が家の玄関のベルを鳴らされました。
母とともに対応すると、返ってきた言葉は思いがけないものでした。
「ご家族、大丈夫ですか?何度もお電話があったので出ても声がせず折り返してもお出にならないので心配していました。救急搬送が落ち着いて来たので気になって※GPSの情報を調べてお伺いしました。」
私は一瞬、言葉を失いました。
洗濯機の中で誤作動を起こした携帯電話は救急へも発信してしまっていて救急の方々はそれを見逃さず、わざわざ時間を割いて駆けつけてくださっていたのです。
申し訳なさで胸がいっぱいになると同時に、そこまでして人の命を気遣うその姿勢に、心からの感謝を感じました。
そして同時に、こんなにも真摯に向き合ってくださる方々がいるこの国に生きていることを、ありがたく思ったことを今でもはっきり覚えています。

※この時住所を調べた方法についておっしゃったのがGPSの情報からか携帯番号からか記憶が曖昧です。間違っていたらすみません。
