私は過去に、新型コロナウイルスに感染したことがあります。
当時はどこかで「自分は大丈夫だろう」と思っていましたが、福祉施設の職場で感染が疑われる方が出たことをきっかけに、状況は一変しました。

高価だった検査キットを使用し、数十名の唾液検査を実施。私自身も防護服を着用し、万全の体制で臨んでいたはずでした。しかし医療機関とは違う環境の中で、どこかに見落としがあったのかもしれません。翌日から身体が重く感じられ、受診の結果は「陽性」でした。

自宅での療養が始まり、私は普段過ごしている2階の部屋にこもることになりました。
家族にうつさないようにという思いから、できる限り接触を避けながらの生活です。

しかし、これが想像以上に辛いものでした。
食事の用意もできず、ただ横になっているだけの時間。空腹や喉の渇きを感じても、1階に降りていくことをためらってしまいます。

水やゼリー飲料を持って上がってはいたものの、それも次第に底をつき、「喉が渇いたな…」とつぶやくしかない時間が続きました。

息子に頼もうかと何度も考えましたが、「うつしてしまったらどうしよう」という思いが勝ち、なかなか声をかけることができませんでした。

そんな時、寝室の扉をトントンと叩く音がしました。

「少しは何か食べたら?おかゆと水、持ってきたよ。」

息子がそう言って、小さな土鍋に入ったおかゆを持ってきてくれたのです。

私は嬉しさと同時に「すぐ部屋を出て」とお願いしました。感染させたくないという思いからでしたが、それでもその気持ちはしっかりと伝わってきました。

「こんなに美味しいものがあったのか…」その時に食べた“玉子がゆ”の味は、今でも忘れることができません。
私の中のおかゆのイメージは、ごはんに水と塩だけのシンプルなものでした。しかしそのおかゆは、玉子がふんわりと絡み、どこか優しい旨味が広がる一品でした。

食欲がほとんどなかった私でも、気がつけば半分ほど食べていました。

そして、その日を境にどんどん体力が戻っていき、無事に仕事へ復帰することができました。

後日、息子に「あのおかゆ、旨味がすごく出ていたんだけど、何が入ってたの?」と聞くと、「鶏がらスープだよ」と、少し照れくさそうに答えてくれました。きっと自分で調べて、作ってくれたのでしょう。

弱っている時に差し出された、あたたかい一杯。
それはただの食事ではなく、支えそのものでした。

私も日々の生活の中で、多くの人に支えられて生きています。
だからこそ今度は、自分が誰かを支えられる存在でありたい。

あの玉子がゆのぬくもりを思い出しながら、そう心に誓っています。

By Alex

楽しい時も辛い時も全て私の人生。

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